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JR上野駅公園口(著 : 柳美里)を読んだって話。そして英訳も併読したので比較の話。


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2020年全米図書賞受賞作品した話題作。

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舞台は昭和38年と現代。 この作品の中で描かれているのは戦後間もない頃に上京集団集団就職でやってきた福島県出身の主人公。 彼が歩んだ人生を上野駅を中心に描いている。

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戦後の日本で彼はひたむきに働き、そして家族に尽くしてきた。 仕事があると聞けば北海道で養殖業をし、漁船にも乗った。 1964年の東京オリンピック開催で沸いた時には単身で東京の工事現場でひたすらに汗を流した。

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出稼ぎばかりの彼は家族との時間を作る余地がなかったがそれでも大切に思ってきていたはずだった。 家族が全て。そんな彼が息子が21歳で不慮の死を迎え、そして長年連れ添った妻にも先立たれる。全てを失った彼が全てを投げ出し、たどり着くのは東京の玄関口、上野駅だった。

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人が抱く悲壮感を鮮明に描いた作品だと思う。 この作品がユニークな点は仏教の教えや東北の方言が多く含まれていることだ。それをどのように翻訳したのか、とても興味がわく。
息子の葬儀の場、そこでの主人公の悲壮感の表現が鮮やかだった。 南無阿弥陀仏を唱える中で徐々に虚無感に苛まれ、気が遠くなる主人公。 作家自身も執筆時に精神状態がひどかったそうだ。 まるで自身を刻むような、とてもリアルな表現だった。

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全米図書賞を受賞した英訳「TOKYO UENO STATION(訳:Morgan Giles)」も併読。やはり日本ならではキーワードをどのように訳しているかがとても面白かった。金物屋はhardware storeになるらしい。残念ながら東北弁のニュアンスまでは伝えきれず、場面場面によってはセリフを省略し情景描写のみで流しているところもあった。

万歳三唱はchanting\”Long live the emperor!\”だそうだ。万歳を安易にcongratulationsにしなかったところにまた翻訳家の誇示を感じる。

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さて、私がもっとも感動した翻訳の妙技がある。

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右手の中指と人差し指に挟まった煙草の火はもうじき指を焦がしそうだ。

JR上野駅公園口P12
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これは上野駅公園でたむろしているホームレスの男性の描写だ。それを英訳では下記の通りに訳している。

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The cherry of the cigarette he held in his right hand looked like it would soon burn his fingers.

Tokyo ueno station P6
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英語でcherry ashというと煙草の灰のことをさす。常用的に使う英単語なのかもしれないが、上野駅公園は桜の名所。それを内包した上での描写ではないだろうか。

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もちろん原文第一に考えるのであれば翻訳は忠実とはいえない。しかし原文にはない文化が取り込まれ、新たな表現が芽生える。翻訳っておもしろいなぁ。

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