歴史社会学者・川北稔氏による新書。岩波ジュニア新書はジュニアと冠してあれど、非常に明解で大人が読んでも面白い作品が多いのだがその代表的なのが本著。

世界商品という言葉がある。製品として世界に広く普及し、流通しているものをさす。世界商品を紐解くと歴史や文化、社会情勢など幅広い社会科学が見通すことができ、多くの著書が存在する。世界商品の中でも初期のものが砂糖だ。

本著の舞台はイギリスを中心としたヨーロッパとなる。ヨーロッパには紀元前4世紀、アレクサンドロス大王の東方遠征の折に出兵した兵が持ち帰ったとされるのが記録に残っている。その後は7世紀以降にイスラム教徒がコーランと共に持ち込み、13世紀以降にポルトガルによる覇権により聖書とともに一層広がったとされる。

砂糖はどこでも生産できる製品ではない。生産性を考慮すればサトウキビが現実的なのだが、サトウキビは適度な雨量と温度が求められる。そして下記の2点が要である。
*土地が荒れるので移動する必要がある
*栽培及び加工は重労働で集約的労働力が必要となる
特に後者はのちに触れる奴隷貿易の歴史と密に関わってくる。

製糖が産業として確立する大きな発端は15世紀末のスペイン・ポルトガルの領土覇権である。コロンブスが発見した中南米を両者が争うこととなり、1493年ローマ教皇による教皇分界線の教皇勅書が発行される。内容としてはアフリカはポルトガル領土に、中南米はスペイン領土であった。しかし翌年ポルトガルが異議を申し立て、とるデリシャス条約により南米でもブラジルだけはポルトガル領土となる。16世紀にはブラジルで砂糖生産が盛んとなる。南米での製糖産業の発端となる。

17世紀にはオランダ主導の元、カリブ海などでも製糖が広がる。もともとオランダはカトリックのスペインの支配から逃れるために建国されたプロテスタント派によって建国されているのだが独立に失敗した南部地域の人々が北部の都市アムステルダムに集まり、世界経済の中心となる。

プランテーションはただの大規模農業ではない。単一の農作物だけを行うモノカルチャー、そして生産効率を高めるために輸送前に加工を行うなどするために工場も併設する。地域の農地は荒れ果て、また収益も本国のものとされるために決して地域に還元されることはない。それだけに暗い歴史として名を残す。プランテーションは社会的に影響が大きく、文化にも影響を及ぼす。カリブ海・ジャマイカでは少人数の白人がイギリス人(クリオージュ)としての誇示を示すためにコロニアルスタイルのような建築様式が生まれる。一方でアフリカより連行された黒人奴隷の間では音楽ジャンルとしてアフロカリビアンが樹立、また宗教としてグードゥー教が誕生した。

奴隷貿易は16-19世紀の間に1000万人以上がアフリカから運び出されたとされる。当時、これだけの大規模な移送を行ったのは奴隷貿易の収益性のみではない。語る上で必要となるのは三角貿易である。
ヨーロッパからは綿花や鉄砲・ビーズをアフリカへ
アフリカからは黒人奴隷を中南米へ
中南米からは砂糖やタバコ・綿花をヨーロッパへ

この大西洋を囲って行われた三角貿易の一翼として奴隷貿易が行われていた。のちのマンチェスターでの綿織物による産業革命はこの中南米からの綿花に依存していた。

砂糖が民衆に普及したのは17世紀以降である。元は紅茶・コーヒーが普及と伴ったものだ。当時の文化の発信地であったコーヒーハウスは上流階級が社交の場としていた。コーヒーハウスは文化の交流や情報交換の場として重宝され、王立協会や証券会社、世界最大の保険会社であるロイズ組合も起源である。

当時、高価であった砂糖と紅茶。これらを合わせて飲むことで上流であることを誇示する。ステータスシンボルとなり、多くに広がる。

ではアメリカにはこの文化が広まらなかったのか。実はアンチブリティッシュとしてこのカルチャーは否定された。フランスとの7年戦争ののちに財政難に陥ったイギリスは”植民地を防衛するためだったから”という名分でアメリカに印紙法などで課税を試みる。ボイコットにより、多くは関税撤廃されたのだが茶だけは関税対象として重税対象となった。これには「イギリスのジェントルマンになりたいだろうからお茶はイギリスから輸入したものにこだわるだろう」というイギリス政府の思惑があったのだが、すでにボイコットを繰り返した人々はイギリス人でなく、アメリカ人として立ち上がることを試みる。これが1773年のボストンティーパーティ事件に繋がる。だからこそ今現在アメリカはコーヒーの国であり、コーラの国なのである。

イギリスでは17世紀後半、1日2食だった食習慣が3食へと変化する。これは手工業から工業かし、重労働者はカロリー摂取が必要となったことに起因する。集約型労働になり、酔い潰れた月曜の午前はゆったりと過ごす聖月曜日の習慣もここでなくなる。カロリーは取りたいものの、都市部で暮らすプロレタリアは燃料を節約する必要があり、暖炉の上で手早く調理できる朝食の一つとして砂糖入り紅茶がまた広く普及していった。

砂糖はプロダクトとしての品質の左右されず、しかし影響力は大きく発揮してきた。時には文化に影響を及ぼし、産業に影響を及ぼし、そして奴隷と行った悪い側面も促した。しかし世界の潮流を見る上で大きなプロダクトであった。
ビスマルクの格言で「愚者は経験に学び、賢者は歴史から学ぶ」という。歴史の奥深さに魅了される本著には歴史を学ぶ意義を未だ見いだせない賢者の卵にぜひオススメしたい一冊だ。