進化生物学者・リチャードドーキンスによる生物と人工物の飛翔の歴史を取りまとめたサイエンスエッセイ本。

飛翔といっても飛行もあれば滑空もある。また空中だけでなく水中も描く。流体での移動…とくくりたいところだが真空である宇宙まで扱うし、同じ位置に止まるホバリングも扱う。なんとも多岐にわたるわけだから編集者もタイトルに悩んだだろう。(ちなみ英語の表題はFlights of Fancy-defining gravity by design & evolution-である。)

本書では正しく飛ぶことをサイエンスする。といっても結論ありきでないことも多い。例えば渡鳥をはじめとした鳥類が正しい方向をどのように判断しているかを紹介する章では慣性ナビゲーション説も磁気偏角説も否定し、結論を出さない。そういった点ではサイエンスライターとしてドーキンス氏は本著を記したと言える。

リチャードドーキンスは利己的な遺伝子を提唱し、ダーウィン説に真っ向から異を唱えた人物である。なので本書を読むにあたり、種の保存ではなく、遺伝子を保存するために生物は進化をしていることを念頭に置いておく必要がある。

飛行能力には捕食や生存率の向上など様々な利点があるものの、全ての生物が有しているわけではない。ある生物の生態にはおいては役に立たない/特有の生活に障害になる/有用性を経済コストが上回る など、要は不要であれば養われない能力だ。
例えば哺乳類のいない離島では鳥類の羽は退化することが多い。ニュージーランドのキウイなど。
これは
1.哺乳類の生き方を継いだから
2.食べられないように生きるための羽は不要だから(もちろん、段階的に翼を生やさない個体が経済合理的に生存してきた)
進化
その一方でフォスターの法則()を紹介している。離島に定着した外来種は大きい生物であれば小さく、小さい生物であれば大きくなる。空を飛ぶには質量を軽くする手立ての他に小さくなるというのも一つの手だ。小さい生物は質量に対して表面積が大きなる、そうなると空気抵抗が大きくなり対空時間が長くなる。モモンガの滑空やリスの尻尾などはまさにこれである。

ところで羽といっても生物によって大きく異なる。哺乳類であるコウモリは4本指が変化したもの、翼竜は小指が変化したもの、カラスに関しては羽の骨はない。鳥の羽に注目したい。鳥類は爬虫類より派生したものであり、鱗が変化したとされる。そのため元々は飛行目的ではなく、断熱のためではないかとされている。

鳥の飛行は推進/滑空/ホバリングと大きく大別できる。
滑空というと短距離に思えるが海を渡ることも容易だ。必要となるのはサーマルである。空気は温かいと上昇する、この性質を生かし海上で暖かな空気を見つけそこをポートに滑空しながら海をわたる。ハゲワシはこれで高度数千Mまで飛行できるのだ。 

では推進ではどうだろうか?一般的に揚力を得る2つの方法がある。高速で移動する際に翼が自然と上に傾き、揚力を得るニュートン方式。(スポーツカーは流体力学を考慮し、高速で走っても浮かないように設計するのが肝とされているがそれである。)
そして下面の流体の速度が相対的に遅い時に圧力が低くなり、結果として揚力をえるベルヌーイ方式だ。(シャワーカーテンをかけてシャワーを浴びるとふわふわとシャワー側にカーテンが巻き込まれていくのはこれである。)
このベルヌーイ方式は傾斜が変われば揚力が急に落ちるため、コントロールは非常に難しい。飛行機ではスラット(主翼の末端の反り立った部分)がこの役割を担っている。では鳥ならばどうだろうか?初列風切羽はこのスラットの重要な役割を担う。
ホバリングも実は様々なものがある。定位置に止まるトンボやカワセミ、ハチドリに対してチョウゲンボウは風上に向かって風力と同速で進行する。太一速度はゼロだが対空速度分の揚力を発揮している。
飛翔動作をする際に神経はどのように指示を出しているのだろうか。通常は羽の振り上げ、振り下げを個別に指示をしているのだが、小さな昆虫(ハエなどより小さなサイズ)は振動性筋肉というものを備えており、「飛べ!」というインパルスで動くことができる。

ドーキンス氏は卓越した研究者であるとともに非常にウィットな物書きだ。様々な教養ある引き出しから話題を提供しつつ、提示したい事象の本筋からそれない。知的好奇心をくすぐりつつ事象を明らかに伝える、明察なライティング技術。

本著の最後の締めくくりがまた知的魅力に溢れてる。

….化学そのものが未知への壮大な飛行ではないだろうか。別世界への文字通りの移住も、心が見知らぬ数学世界を舞い上がる抽象的な飛翔もそうだ。たぶん、望遠鏡をのぞいて、遥か彼方の後退している銀河へと跳躍するのも、輝く顕微鏡の鏡筒を通して、生きた細胞のエンジンルームにもぐり込むのも、大型ハドロン衝突型加速器で、粒子に猛スピードで巨大な縁を描かせるのもそうだ。どんどん膨張しつつある宇宙と共に未来へ、もしくは岩石を介して過去へ、太陽系誕生の先にある時間そのものの起源へ向かう、時間飛行もそうだろう。
飛行が重力から3次元空間への脱出であるのと同じように、科学は日常の平凡な正常性から脱出し、想像の遥かな高みへとらせん状に上がっていくことなのだ。さぁ、翼を広げて。どこに飛んでいけるだろう?

p289-290 第15章外へ向かう衝動-飛翔を超えて-